2019年3月23日生まれ、青鹿毛の牡馬の皮を被った令和の怪物競走馬。前述の通りキタサンブラックの初年度産駒で母シャトーブランシュ、母父キングヘイロー、母母父トニービン。
名前の由来は天文学用語における「昼夜の長さがほぼ等しくなる時」、即ち『分点(Equinox)』のことであり、日本では春分・秋分にあたる。父の名のブラック(黒)、母の名のブランシュ(白)の間に生まれた子ということで名付けられた。
父譲りの黒々とした大柄な馬体に顔の一際目立つ大きな流星が特徴で、ファンからは「エクレア」と呼ばれている。また、ディクタスの血を引いてないが右眼が輪眼であり、正面ないし右側からの構図がかなり怖い。
一方、父の頑丈さまでは引き継げておらず、3歳春シーズンまでは線が細く、腰背等に疲れの残りやすい虚弱体質気味であるほか、他馬や厩務員を探したり、他馬と一緒でないと食事しなかったほどの寂しがり屋という一面も。
同期はジオグリフ、ドウデュース、アスクビクターモア、スターズオンアース、ジャスティンパレス、同父のガイアフォース等。一つ上に半兄のヴァイスメテオール(父キングカメハメハ)がいるが、イクイノックスのダービー後の6月、追い切り中に予後不良となっている。
馬主はシルクレーシング。調教師はキムテツこと木村哲也*5。
8月末にクリストフ・ルメール騎手を鞍上に新潟競馬場でデビューし、好位からの直線で後続を突き放し圧勝。以後、ルメール騎手が一貫して騎乗。
次走は条件戦を挟まず東スポ杯2歳Sに出走し、後方からの鋭い末脚を炸裂させてキタサンブラック産駒の重賞初制覇。
その後は体質を考慮して2歳GⅠを回避し、前哨戦を挟まず皐月とダービーに直行する異色のローテーションでクラシック戦線に挑むことになる。
しかし春のクラシック戦線でイクイノックスは大きな試練を課せられた。
皐月賞はまさかの大外枠18番に振り分けられながらも馬群の中団につけ、勝負どころで位置を上げて他馬を突き放しにかかるも、同じ厩舎の同期であるジオグリフ(鞍上福永祐一)にマークされ最後差し切られ2着。ちなみにイクイノックスを差し切った唯一の展開である。なお祐一騎手は何故勝てたのかよくわからなかった様子…
続くダービーでも大外枠18番になり、後方から最速の上がりで追い上げるも朝日杯馬ドウデュース(鞍上武豊)が2:21.9のレコード勝利する中、クビ差の2着。
どちらも大外枠という不利、かつ馬体が仕上がりきれてない中での2着であった。
ダービー後は左前脚にダメージがあったこともあり休養と調教に充て、天皇賞(秋)に向かうことになった。
そして、イクイノックスに転機が訪れた。
秋天ではそれまでの戦いぶりと、春とは見違えるような馬体の仕上がりもあって1番人気に推された。
この頃、前年のホープフルSから平地GⅠ競走にて「1番人気の馬が勝てない」というジンクスめいた展開が続いており、秋天までの時点で16連敗を記録していた。
加えて、元々秋天には「1番人気が勝てない」ジンクスが(近年では破られつつあるとはいえ)存在しており(詳しくはテイエムオペラオーの項目参照)、見逃せないレースとなっていた。
同期のジオグリフやダノンベルーガ、前年のダービー馬シャフリヤール、同じく前年のオークス馬ユーバーレーベン(父ゴールドシップ)、ドバイターフを制した『令和のツインターボ』ことパンサラッサ等広い範囲の世代の馬が集まるなか始まったレースは、パンサラッサが1000m通過タイム57.4、即ち24年前にサイレンススズカが叩き出した大逃げを、当時の4着馬サイレントハンターに騎乗していた吉田豊騎手がパンサラッサで披露したのだ。それはまさしく、『あの日(沈黙の日曜日)の夢の続き』と呼ぶべきものだった。
そして約20馬身に及ぶリードをとったパンサラッサが最終直線に入り徐々に減速する中、後続も直線で一斉に押し寄せる。
そこでイクイノックスは覚醒した。ルメールが鞭を入れると、中団からメンバー最速の上がり3ハロン32.7という驚異的末脚『天才の一撃』で迫り、残り50mでパンサラッサを捉え念願のGⅠ初制覇。
前年の秋天覇者エフフォーリア*6同様3歳で秋天を制覇、かつ2017年の覇者キタサンブラックとの親子制覇(しかも同じ4枠7番)。更にキャリア5戦での秋天最短制覇と1番人気のGⅠ連敗を16で止めるなど、記録尽くしの名レースとなった。
この秋天を機に、イクイノックスの快進撃が始まる。
次走は有馬記念に出走、秋天の鮮烈さもあって1番人気。
本レースには前年の皐月賞馬にして有馬記念連覇のかかるエフフォーリア、同じく前年の菊花賞馬タイトルホルダー(父ドゥラメンテ)、本年のジャパンカップ覇者ヴェラアズール(父エイシンフラッシュ)、エリザベス女王杯を制したジェラルディーナ、他にもジャスティンパレスやディープボンド、アカイイト等が参戦。
レースはタイトルホルダーが逃げて馬群を引っ張る展開になったが、イクイノックスは4コーナーから持ったまま先段にとりつき、直線で一気に他馬を突き放しキャリア6戦の最短有馬記念制覇かつ最速親子制覇、GⅠ2勝目を上げる。また、1994年*7以来の3歳馬によるワンツーフィニッシュとなり、ついでに前走と合わせて2021年度のクラシック三冠を分け合った3頭全てを打ち破った。
余談だが、2着のボルドグフーシュの鞍上は2023年2月をもって調教師に転向することになる福永祐一騎手で、本レースが有馬記念制覇かつ八大競走完全制覇のラストチャンスであったが、皮肉にも2000年高松宮記念を彷彿とさせる『キングヘイロー(の血を引く馬)に勝利を阻まれる』という展開となった。😭「なんだか申し訳ないけど、勝負の世界は厳しいのだわ…」
これ等の活躍により、2022年の年度代表馬及び最優秀3歳牡馬に選出された。
次世代の代表としてこれからの活躍を期待され、それを斜め上に振り切るとは、まだ誰も知る由もなかった…
イクイノックスが4歳を迎えた2023年、その恐るべきポテンシャルを世界に知らしめた。
緒戦は海外G1・ドバイシーマクラシック*8。シャフリヤール、ウィンマリリンと共に挑んだ本レースで世界に衝撃を与えることになる。
10頭立てとなった少数出走でのレース、かつ逃げ馬不在により他の馬が機を狙って牽制しあう中で、イクイノックスは押し出されるようにハナを切ると、そのまま最終直線で鞭を殆ど使わずに差を広げゴールを通過。他馬が懸命に追う中、ルメール騎手は残り100mの時点で後ろを確認する余裕すらあり、最後はイクイノックスの首を撫でて手綱を緩めたにもかかわらず2着のウエストオーバー(後に同年凱旋門賞2着)に3馬身半差の圧勝。勝ちタイム2:25:65は従来のレコードを1秒縮めるものであった。
キタサンブラック産駒初の海外GⅠ制覇であったが、驚きを通り越して恐怖すら憶える展開(ウエストオーバー陣営も「イクイノックスが出るレースは回避したい(意訳)」とトラウマになる程。)に日本の競馬民は「差しのまま先頭を走った」「公開調教」「恐怖映像」といった反応を示した…
また、本レースの2週間前には2006年にルメール騎手が本レースを制したハーツクライが亡くなっており、偶然とはいえ当時のハーツクライと同様の立ち回りで天国のハーツクライに勝利を捧げる形となった。
帰国後の次走は父が取れなかった宝塚記念。同期の菊花賞馬アスクビクターモア、秋天以来のジオグリフ、本年度の春天覇者ジャスティンパレス、その他ダノンザキッドやスルーセブンシーズ、ヴェラアズールやドゥラエレーデ等が集まることになった。
だが1番人気とはいえ、今回のイクイノックスには幾つか不安材料があった。
ドバイSCと輸送による疲労、未知の阪神、宝塚記念におけるルメール騎手の勝率の悪さ*9…
そのためか、ゲートで躓いたことでバランスを崩し出遅れてしまい、馬群に埋もれるのを避けるために後方2番手から追走することになった。そしてイクイノックスは3コーナーから4コーナーにかけて大外一気に抜け出し驚異的末脚を発揮、スルーセブンシーズに追撃されるもクビ差凌いでグランプリ連覇。GⅠ4連勝、しかもここまで異なる脚質(秋天で差し、有馬で先行、ドバイで逃げ、宝塚で追込)でGⅠ制覇というマヤノトップガンもかくやという活躍をしている(馬の気分次第で脚質を変えていたトップガンと異なり、ルメール騎手の判断力によりレース展開で脚質を補正していった。そもそもルメール騎手はしばしば出走馬や実際のレース展開によって脚質を変えることがあり、2005年有馬記念でディープインパクトを先行策にしたハーツクライで下した実績がある)。
次の目標はジャパンカップとし、前哨戦として連覇のかかる秋天に出走。前年と同じ4枠7番。
2012年以来の天覧競馬となった2023年の天皇賞(秋)。3歳馬は菊花賞や秋華賞もあって軒並み回避し、古馬達も既に世界最強クラスと称されるイクイノックスが出るとあってかエリザベス女王杯やマイルCSに向かう者や海外遠征、ジャパンカップに備える等でグレード制導入以来最少タイの11頭立て。されどダービー以来の対決となるドウデュースや春秋連覇を狙うジャスティンパレス、本年度の大阪杯をレコードで制したジャックドール、同父のガイアフォース等の少数精鋭が打倒イクイノックスのために集った。
そして始まったレースは異様な展開が繰り広げられた。
なんとハナを切り1000m通過タイム57.7の大逃げをかましたはずのジャックドールの後ろ3番手につけたイクイノックスが2番手ガイアフォース共々追走、出遅れたジャスティンパレスとプログノーシスを除く他馬もそれに追従するという異様な光景となった。ジャックドール陣営にしてみればリードをとって息を入れ、直線勝負にかける想定でいたはずが後ろに張り付かれ、息を入れるために緩めれば追い抜かれ、かといってこのままのペースでいけばスタミナが保たないという八方塞がりな状況。そして他馬にしても、前年の結果から末脚勝負ではイクイノックスに対し勝ち目がないため距離を空けるわけにいかず、ハイペースで追走せざるを得ないというイクイノックスがペースを握っているに等しい展開となった。
そしてスタミナをすり潰されたジャックドールが最終直線で逆噴射し、出遅れが功じて比較的脚を溜められたジャスティンパレスとプログノーシスを除く他馬も中々速度が上がらないなか、イクイノックスはハイペースで追走したにもかかわらず持ったまま末脚が炸裂。後続を寄せつけず、余力を残した状態でゴール。なんと2011年にトーセンジョーダンが叩き出した記録を0.9秒上回る1:55.2という芝2000mの世界レコード勝ちで連覇を果たした(それどころか4着まで*10がジョーダンのレコードを更新しており、5着のガイアフォースですら0.1秒差で2019年のアーモンドアイと同タイム。)。ドウデュースは武豊騎手が同日の新馬戦後に脚を蹴られ負傷し(よりによってキタサンブラック産駒)戸崎圭太騎手に乗り替わりもあってか7着。
前年に引けをとらないハイペースを先行策で追走し、ただ一頭だけ余裕をもって他馬を圧倒し、天覧競馬ならぬ「天覧調教」と言う他ないレースを作り出したイクイノックス。全てを蹴散らす天賦の才、最早馬の形をした怪物である。
レース後、ルメール騎手はデムーロ騎手の二の舞を予防されて馬上から最敬礼、馬道でセルフウイニングライブをした。
次走は予定通りジャパンカップ。ここではドゥラメンテ産駒の三冠牝馬リバティアイランド、菊花賞馬タイトルホルダー、同期の二冠牝馬スターズオンアース、エイシンフラッシュ産駒の前年覇者ヴェラアズールや前年の秋天以来のパンサラッサ、秋天のリベンジとなるドウデュース、唯一の海外馬イレジン、兵庫から参戦したクリノメガミエースと対決することとなる。レイドバトルかな?
人気はイクイノックスとリバティアイランドがほぼ独占する2強対決の様相。ダービーとほぼ同条件ながら枠番はイクイノックスは内枠2番、リバティアイランドが1番。
ゲートが開くやいなや、パンサラッサが前年の秋天さながらの1000m通過タイム57.6の大逃げを敢行、大きく離されたタイトルホルダーをイクイノックスが追走、更にリバティアイランドとスターズオンアースがイクイノックスをマークする形となる。そして最終直線に入るや、イクイノックスはタイトルホルダーを交わし軽い肩鞭一発で末脚炸裂。パンサラッサを瞬く間に捉え、リバティアイランドは全力で追うも差は縮まらず、4馬身差でリバティアイランドを捻じ伏せてGⅠ6連勝。勝ち時計はダービー時のタイムを0.1秒上回る2:21:8。さらにJRA史上初の獲得賞金が20億を超え、アーモンドアイから獲得賞金1位の座まで勝ち取り、JRAレーティングは日本馬歴代最高の133ポンドを記録。
翌年1月に発表された国際レーティングでは、日本調教馬ではエルコンドルパサーの134を超えた135を与えられ、ラストランのジャパンカップはIFHAにより2023年のワールドベストレースでアジア圏初の1位に選ばれた。
その後、有馬記念に出走しゼンノロブロイ以来の秋古馬三冠も今後の候補に含まれていたが、秋天レコードから中3週のJC圧勝による疲労度と種牡馬価値と社台からの素晴らしいオファー、文句なしの頂点に君臨したことと、プレッシャーでキムテツ達陣営側の胃が保たないこともあり、大事をとって有馬記念を回避し(本年の有馬記念は同期のドウデュースが復帰した武豊騎手と共に復活勝利)パンサラッサ共々引退・種牡馬入り。ウマ娘化した場合のシナリオがとんでもないことになりそう
その後、最優秀4歳以上牡馬及び2年続けて年度代表馬(しかも史上初の親子揃って2年連続年度代表馬)に選ばれた。
通算戦績、10戦8勝2着2回(うち海外1戦1勝)の完全連対
GⅠ6連勝、全て古馬混合戦かつ1番人気
獲得賞金、22億1544万6100円
3歳までは体質に悩まされ、4歳になっても完全な克服はならなかったにもかかわらず、これ程の成績を修めたこともあり、様々な関係者から讃えられた。逆にいえば、体質以外に隙のない怪物であった。
なお、ジャパンカップ後のインタビューにてルメール騎手は「賢くて扱いやすい、誰でも乗れるポニーみたいな馬」と称賛していた。お前のようなポニーが居てたまるか!
血統面から能力を見ると、サクラバクシンオーからバクシン力を、キタサンブラックからバクシン力を活かすスタミナ、キングヘイロー及びダンシングブレーヴから末脚とパワーを引き継ぎ(有馬と宝塚以外の勝ち鞍が左回りであることから左回り巧者な産駒が多いトニービンの影響も)、更に上述の称賛にあるような柔軟に対応できる賢さと操縦性を兼ね備えており、ルメール騎手の手腕と組み合わさることにより『2000m台前半までのレースならどの位置からでも発動する末脚をもち、対策が非常に困難な、常軌を逸したスーパーホース』といえる存在として君臨した。
引退式は12月16日に中山競馬場にて行われ、引退後は社台スタリオンステーションに50億円で売却、初年度の種付料は2000万円となった。また、交配相手の中にはかつてルメール騎手が主戦を務めたアーモンドアイもいるという。
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