最終更新日時:2022-01-19 (水) 00:20:47

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プロフィール Edit

画像プロフィール
テイエムオペラオー.png名前テイエムオペラオー
CV徳井青空
キャッチコピー尊大なる歌劇王。
その哄笑は高らかに!
学年中等部
所属寮栗東寮
誕生日3月13日
身長156cm
体重常に完璧(自称)
スリーサイズB76・W55・H80
自己紹介
はーっはっはっは!ボクこそが最も
強く美しい“覇王”テイエムオペラオーさ!
いざ、伝説を始めようじゃないか!


ウマ娘 Edit

育成ウマ娘 Edit

サポートカード Edit

名前レアリティ実装日備考
[トレセン学園]テイエムオペラオーR2021.02.24

詳細情報 Edit

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ヒミツ Edit

  • テイエムオペラオーのヒミツ
    実は、耳飾りのデザインを
    1度だけ大きく変更したことがある。

アニメ Edit

元ネタ Edit

2000年 有馬記念
勝ち続けると、すべての馬が敵になる。
その馬は、完全に包囲された。
道は消えたはずだった。
テイエムオペラオー。お前はなぜ走れたのか。
『年間全勝のレジェンド』
その戦いに、人は夢を見る。
「さぁ、夢を見よう」
〜2013年JRA 有馬記念 CMより〜

テイエムオペラオーは1998年から2001年末まで活躍し、生涯において一度も掲示板を外さず、数々の伝説を作り上げた競走馬である。

同期はウマ娘化されているアドマイヤベガ、古馬以降の被害馬ライバルとなるメイショウドトウ
ウマ娘化されていない同期で主な被害馬ライバルとなったのはナリタトップロード。サイレンススズカの半弟ラスカルスズカなど。
鹿児島の建築・土木用資材メーカーの社長である竹園正繼によって、最低価格の1,000万円で競り落とされた。
竹園氏の幼馴染でもある栗東の岩元市三調教師*1に預けられ、同厩舎に所属する若かりし頃の和田竜二騎手が一貫して騎乗する事になる。

デビューは1998年夏で新馬戦を2着とするが、そこで骨折が判明し休養。
休養明けの未勝利戦では4着とするも、次戦で勝利。条件戦でも連勝し、毎日杯(GIII)でも難なく勝利するのであった。
そして皐月賞……なのだが、馬主が新馬戦でのケガを気にして皐月賞に出走させるつもりがなかったらしく、クラシック登録を行っていなかったのである。

しかし、オグリキャップの活躍で新たに定められたクラシック追加登録制度により、
陣営が馬主を説得したうえで追加登録料を支払い、皐月賞に出走。強烈な追い込みを見せて勝利する。
以降その年ではライバル達や一つ上の世代相手に、勝ちきれなかったレースが続いた。
それでも古馬相手に全く退けを取らない強さを見せつけ、当時における最優秀4歳牡馬に選ばれた。

そして2000年において本格化したオペラオー。
京都記念(GII)でトプロをクビ差で差し切り、阪神大賞典(GII)でラスカルらを相手に快勝、天皇賞春でも余裕をもって連戦連勝。
宝塚記念にて初の対戦となるドトウをクビ差で差し切り、京都大賞典(GII)でトプロをアタマ差で競り勝つ。
秋の天皇賞では一番人気のジンクスをぶち壊して圧勝。ジャパンカップでは海外の刺客ファンタスティックライトをドトウと共に討ち取り勝利。
有馬記念ではほとんどの騎手から徹底的にマークされて包囲網を敷かれるレベルであったが、それを突破してドトウをハナ差でかわし圧勝。
2000年における古馬王道路線完全制覇。年間全勝、秋古馬三冠を達成。
年度代表馬並びに当時の最優秀5歳以上牡馬に満票一致で選ばれた。
20世紀終わりでの活躍から『世紀末覇王』とも呼ばれた。

翌年では調整不足でゆるんでしまったのか産経大阪杯(GII)では4着となるも、次の天皇賞春を勝利、天皇賞春秋3連覇を達成する。
しかし、宝塚記念では有馬記念以上にマークされてしまい、ついには包囲網を抜けきれずにドトウの先着を許し2着。
秋以降においてはステイゴールドに先着を許し(たが悪癖の斜行によってオペラオーに接触、それに巻き込まれたトプロが落馬する事故が起きたため失格。繰り上げ1着)、
アグネスデジタルによってドトウ共々引導を渡され、そしてジャングルポケットやマンハッタンカフェらに敗れ、世代交代を印象付けることとなり引退。
メイショウドトウも引退することになり、合同の引退式が行われた。

GI7勝 皇帝シンボリルドルフと並ぶ。
レースでの獲得賞金は当時世界最高額の18億3518万9000円(これに秋古馬三冠の報奨金などは含まれていない)
JRA重賞最多勝 12勝 オグリキャップと並ぶ
JRA平地重賞8連勝は史上初
JRA史上最初の4大競馬場(東京、京都、中山、阪神)制覇
春秋グランプリ制覇 イナリワンメジロパーマーグラスワンダーに次ぐ4頭目
初の天皇賞3連覇(春→秋→春)
春秋連覇はタマモクロススペシャルウィークに次ぐ3頭目、秋春連覇はスーパークリークに次ぐ2頭目、春二連覇はメジロマックイーンに次ぐ2頭目

2004年にてJRA顕彰馬に選出。殿堂入りとなった。

そんな大記録を打ち立てたオペラオーであったが、当初の競馬関係者からの人気はなかった。
血統はパッとせず、牧場も小規模、騎手は若手だし、派手な勝ちはなく、勝ちパターンは同じ、遠征もせずで面白みがないとまで言われていた。
とはいうものの非常にタフで賢く、更には勝負根性が強いうえに競り合いになったときの強さは誰にも劣らなかった。デジタルもオペラオーとの競り合いを全力で避けていたし
彼に先着した馬で2度以上も許した馬はナリタトップロードとメイショウドトウといった同世代のライバルのみだった。

現在でも古馬路線にて年間無敗を達成した馬はおらず、秋古馬三冠もゼンノロブロイのみ。キタサンブラックやアーモンドアイもついには届かなかった。
ゆえにオペラオーの評価は年々上がっている傾向である。

産駒はオペラオー同様、古馬以降から本格化する傾向ではあるがその強さまでは引き継がれずにいる。
父オペラハウスと同じく障害競走において活躍している馬は出ている。
というか、馬主の竹園氏がなんだかんだで和田騎手を乗せ続けたりと無駄に男気にあふれており
オペラオーの血を公平に提供したいと社台スタリオン入りを断っており繁殖牝馬の質が今一つだったため
その割には健闘したと言える。

2018年5月17日に心臓麻痺で死去。22歳没。
アニメでウマ娘が放映されていた時期でもあり、前月に亡くなったスペシャルウィークの後を追う形となってしまった。

その訃報を聞き、心に火が付いた和田竜二騎手は、オペラオーが亡くなった1ヶ月半後の宝塚記念をミッキーロケットで勝利。
2001年天皇賞(春)以来、実に17年ぶりに中央GIを制した*2
勝利騎手インタビューでも「(天国の)オペラオーが後押ししてくれた」と涙ながらに語ったシーンが非常に印象的である。

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*1 騎手時代、バンブーアトラスで82年日本ダービーを制覇。竹園氏はその82年ダービーの勝利騎手インタビューを偶然見たことがきっかけで馬主になったという逸話があり、中央所属の所有馬の多くを岩元師に預けている。
*2 この間、地方GI(Jpn1)のJBCクラシック(2012年・川崎)とかしわ記念(2015年・船橋)をワンダーアキュートで制しているが、中央GIは実に120連敗を喫していた。

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