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Official TweetTweets by uma_musu |
最終更新日時:2026-02-24 (火) 11:48:05
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| 制服 | プロフィール | |
|---|---|---|
![]() | 名前 | メジロパーマー |
| CV | のぐちゆり*1 | |
| キャッチコピー | 気楽にいこーよ。 頼れるポジティブギャル | |
| 学年 | 高等部 | |
| 所属寮 | 栗東寮 | |
| 誕生日 | 3月21日 | |
| 身長 | 160cm | |
| 体重 | 微減 | |
| スリーサイズ | B84・W57・H86 | |
| 自己紹介 | ||
| メジロパーマーだよ!元気してる〜? ま、なんかあったらいつでも聞くからさ。 気軽に話しちゃってよ♪ | ||
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メジロパーマーは1989年から1994年を走り、障害帰りで同一年の春秋グランプリ連覇を果たした屈指の個性馬である。
父はクラシックで好走し京都新聞杯を勝ったメジロイーグル、母メジロファンタジー。障害で名馬を数多く輩出している父系の元にメジロパーマーは誕生した。
同期には王道のメジロライアン、名優のメジロマックイーンがおり、パーマーはと言えばあまり期待されていなかった。
デビュー当初は良かったが、あまり振るわない戦績と二度の骨折、条件戦とOPを行ったり来たりしクラシック戦線へは登らず。
古馬になって挑んだ1991年天皇賞(春)ではマックイーンの親子三代制覇の影で13着と惨敗。札幌記念(GIII)を取れども、やはり戦績は振るわず。
障害競走へ転向するも飛越が下手で、競走後は全身傷だらけだったため、これ以上はいけないと再び平地競走へと戻ることになる。
もっともこの経験で長距離*4を走り切るスタミナを得たパーマー*5。
かの世紀のTM対決となった1992年天皇賞(春)にて、当時デビュー4年目の山田泰誠騎手*6と出会う。7着に終わったものの前年のような壊滅はせず、その思い切った逃げ戦法を確立させるのであった。
翌月、新潟大賞典?(GIII)を逃げ切り二つ目の重賞を得ると、続く宝塚記念にも出走。マックイーンがケガで不在なうえに他の有力馬もいない中でもパーマーは注目されていなかった。
そこで後の相方となるダイタクヘリオスもいたが、当時の阪神競馬場は前年に洋芝オーバーシードを導入したばかりだった。
その年は春から続く天候不順で野芝の生育が悪く洋芝の比率が高く、その上に梅雨も直撃し荒れた馬場となっていた。
野芝とは勝手の違う馬場に足をとられ、どの馬も思うようにスピードを出せずスタミナばかり消耗させていき時計は超スローに。*7
そんな中パーマーは豊富なスタミナでゴリ押しを武器にハイペースの逃げで後続を軒並みバテさせ、まんまと逃げきってしまうのであった。
晴れてGI馬になったパーマーではあったが、まさか優勝するとは思われていなかったのであろう、当のメジロ牧場の関係者はその場にほとんど居なかった。
なにせ障害帰りのG1制覇はパーマーが史上初、令和の世となっても史上唯一という、まさに前代未聞の大波乱でもあったのだ*8。
その後は2連敗、特に天皇賞(秋)では山田騎手がケガ*9で出られなかったのもあったのか、ヘリオスと逃げを打っていたパーマーは途中でやる気を無くしたかのごとく沈んでしまっていた。
この逃げをうっかり追ってしまったトウカイテイオーやトウショウファルコも巻き添えを食って派手に沈没。
ほとんどの陣営は「あいつらに関わるとロクなことにならない」と考えるようになる。
そして迎える有馬記念。トウカイテイオーやライスシャワー、ナイスネイチャらが参戦する中で、パーマーはイクノディクタスに次ぐブービー人気。宝塚を勝ったのに完全にフロック扱いであった。
レースが始まるといつものようにハイペースで先陣を切っていく中で、後方から一頭すごい勢いで競り合いに来る馬がいた…… ダイタクヘリオスである。
後方集団が(主に珍しく後ろに控えたテイオーを)けん制しているなかで爆逃げコンビパーマーとヘリオスが仲良く大逃げをかましていき、そして気づいた時にはすでに遅かった。
マイラーのヘリオスが直線で沈んでいく中、パーマーは障害競走で身に付いたスタミナを活かし、後続の猛追を振り切ってみせたのだった。
同一年度の春秋グランプリ制覇*10、さらに言えばライアンもマックイーンも惜敗し届かなかった有馬記念の栄誉を花の62年組の中で唯一掴み取ったのである。
ついでにネイチャは2年連続3着、ヘリオスはこれで引退となる。馬鹿コンビ解散
また、この春秋グランプリ制覇で宝塚記念オッズ23.1倍、有馬記念オッズ49.4倍と、JRA史上唯一となる「G1単勝配当20倍以上の大穴を二度空けた馬」となった。
ウマ娘プロフィールの「穴掘りが得意」の元ネタだろうか。
1993年、阪神大賞典(GII)にて終盤にネイチャに差されると思いきや、二の足を使って差し返して勝利。しかもレコード記録。ついでにネイチャは更に追い越されていて3着
天皇賞(春)でもマックイーンとライス以外を競り落とすハイペース逃げをかまし、最後まで二頭に食い下がる走りで3着。
この有馬記念、阪神大賞典、天皇賞春辺りがピークと思われ、この3レースでの強さはまさに一流馬のそれであった。
アニメでは直線で粘っているはずのパーマーは描かれていなかった。解せぬ。
しかしそれが反動となったのか以降は着外を繰り返し、1994年日経新春杯で2着を最後に引退することになる。
種牡馬となっても産駒ではメジロライデンが障害で活躍したくらいで、ほぼ失敗に終わっている。
後にメジロ牧場も解散となり、功労馬として余生を送っていた先で2012年4月に亡くなった。25歳没。
「パーマー」の名は1960年代に活躍したアメリカのプロゴルファー、アーノルド・パーマーからとられている。趣味がゴルフなのはそのため。
育成ストーリーにパーマー号なる自動車が出てくるが、これは有馬記念勝利時に副賞として山田泰誠騎手に与えられた高級車のこと。
当時の山田騎手は師匠である田中良平調教師の方針でまだ早いと免許を持っていなかったのだが、この車を獲得したことにより免許取得の許可がおりたそうで
騎手名鑑の愛車の欄にこの車のことを指して「パーマー号!」と記載していた。
後に山田泰誠氏は調教助手の傍らウマ娘のトレーナーをやっている事が判明。案の定パーマーばかり育成している模様。多分パーマーが高湿度キャラな原因。
| 名前 |
|---|
| メジロパーマー |
| 名前 | レアリティ | 実装日 | 備考 |
|---|---|---|---|
| [Line Breakthrough]メジロパーマー | ★3 | 2022.05.20 | |
| [赤心のトナカイさん]メジロパーマー | ★3 | 2023.11.30 |
| 名前 | レアリティ | 実装日 | 備考 |
|---|---|---|---|
| [トレセン学園]メジロパーマー | R | 2021.03.18 | |
| [バカと笑え]メジロパーマー | SSR | 2021.03.18 | |
| [月下の悪魔ちゃん♪]メジロパーマー | SSR | 2022.09.29 | |
| [カモメのように]メジロパーマー | SSR | 2023.06.29 | |
| [救いはあるよっ♪]メジロパーマー | SR | 2024.08.14 |
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